社長の日記「つみかさね」

社長の日記「つみかさね」

2022年01月08日

電話の受付

オレンジナイトは電話の受付の対応がとても良いとよく言われる。

 
私は社長なので「よく教育ができていますね!」と言われるのだが、ほとんど教育などした記憶はない。

ただ、私はテレアポでアポイントを取り、訪問し、クロージングをするというリフォームをやってきたので、電話の掛け方や出方は非常に重視している。

 
一瞬の勝負だと思っている。

 
こちらが名乗る。相手が電話の向こうで感じる印象は、その瞬間でほぼ形成される。1秒から3秒で相手の心は開くか、そのままか、閉じられる。

 
 
やはり、受付は明るくないといけない。

 
電話の向こうの人にこちらの笑顔を連想してもらうことが重要だ。

 
声も張るようにしたい。小さい声はどれだけその人が良い人で、親切で、頑張っていても、全てを帳消しにする。元気な声は自分を伝える手段である。

 
電話をいただけたことに対し、ありがたいと思って出ることは大切だ。ただ、これは心から思えないといけないので、社風がものをいう。ありがとうと口で言っているが、それがただの発音であることはお客様には分かる。

 
 
基本、電話の受付は女性がしている。ここに理由はない。別に男でもいいが、オレンジナイトでは女性だ。

 
5人、6人が電話に出るが、私はこう望む。

 
 
何かでそれぞれが一番になってほしい。

 
 
電話の音が鳴らずとも、光っただけで受話器をとれるくらいの高速電話取り一番。

 
いつも相手を笑顔にするような、笑顔の電話一番。こちらがニコニコしているから相手もそうなるのだ。

 
元気な声一番。お客様が思わず「元気やなぁ」と言ってくれるのは最高の褒め言葉です。

 
お客様の情報をたくさん覚えている一番。どこどこの丸々ですがとお客様が名乗られたとき、本当に存じ上げていて発する「あ、いつもお世話になっています!」はお客様にとって嬉しいものだ。私が逆ならとても満足感があるし、親しみを抱く。

 
トイレの工事の知識が一番でも、おっとりした和ませトーク一番でもなんでもいい。

 
何かで一番になることが大切だと思う。それがA Iではなく人間ができる受付である。平均より個性でいい。

 
トータルで一番も素晴らしいことかもしれないが、チームなので4番バッターも必要だが、2番も8番もライトもセカンドもキャッチャーも必要である。

 
みんなの優れたところをお互いに認め合い、一層素晴らしい受付をしてほしいし、私も出ることがあればしたいと思う。

 
 
電話の受付のその一瞬で、お客様は何も知らないオレンジナイトの全てを評価する。それくらい重要な仕事だと思う。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by orangeknight at 09:50

2022年01月07日

今日は今年最初の新聞折込みです

おはようございます、今日は新聞おりこみ、今年最初の。はりきっております。

 
赤穂市から高砂市まで、いつも通りの神戸、読売、朝日、毎日そして日経で入っています。

 
2022.1月春特大号おもて

 
昨日の仕事始め1日で、まだ折込み前にも関わらず、20件以上の受注や見積りのご依頼をいただけました。

今年も素晴らしいスタートが切れましたこと、決してあたりまえではありませんので心から感謝しています。

何年経っても、今年はどうなるかと特に初日は思います。

 
 
こちらの写真は昨年末30日、最後のエコキュートの入荷時のものです。

 
在庫確保のスタンバイOKです。60〜70台はあります。

 
エコキュート在庫

 
エコキュート在庫

 
一番多く置いている姫路別所店のものですが、他店や倉庫にもまだまだあります。

 
工事の班数、それも本当に今日の施工から増やしました。即日、翌日工事をよりやりきるために。

 
エコキュート在庫

 
IMG_4887

 
全ての種類がございます。薄型や給湯専用、オート、寒冷地、などフルラインナップです。

 
 
季節柄エコキュートにそなえておりますが、今年も変わらずわくわくするリフォームを提案できる1年にしたいと思いますので、ぜひお問合せくださいませ。お待ちしております。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
posted by orangeknight at 07:35

2022年01月05日

昔の姫路が懐かしい 神戸新聞から

神戸新聞の姫路欄に年始から連載されている「ザ・姫路ターミナル」がおもしろい。今日は4話目でした。

 
神戸新聞

 
姫路駅から降りて北口から出たら、姫路城が真正面に見えるように駅を設計したとか、今日だと、駅北の2号線は昔は一方通行じゃなかったなどの記事が書かれている。

 
私はまだ44歳なので、諸先輩方ほど本当の昔の風景は知らないが、それでも懐かしいと感じる。

 
 
姫路駅の北口は昔は確か東の方にあって、みゆき通りに向かうようになっていたと思う。階段を降りていった記憶がある。

 
小さい頃は「姫路に行く」という表現を使っていた。これは姫路駅の北側周辺を指し、ここを姫路と言っていた。みんなそう言っていたように記憶しているが、間違っているかも。

 
20歳くらいの時、Y32のシーマをシャコタンにして、フルエアロでちょっとイキって走っていた。朝日橋を南から上がり、右に曲がり、そして左に曲がってすぐの所でいつもガリっと擦っていた。車高が低いので。

将軍橋もそう。坂道でスピードがのってくると、橋の道路のコンクリートを繋いでいるような、黒いゴムみたいなラインで車が跳ね、擦っていた。少し盛り上がっていたんですよね。

 
木場に住んでいたので、飾磨から姫路の北側に行くのには渋滞は当たり前と思っていたなぁ。

 
将軍橋の北側に並んでいて、今は南北の道路の西側に立ち退きになった家や、朝日橋の下の家には解体工事の飛び込み営業したなぁ。20代だった。

ピンポンピンポンと次々にいって、見積り依頼はいただけたけど、みんな他所も狙いは一緒で、10社くらいの相見積りは当たり前。1件もとれなかった。

いや、その時に飛び込んだ一番端の家。「わしとこは立ち退き違うんやけど」と見積り依頼をいただき、防水工事と内装工事をさせてもらった。西行きの一方通行の起点となる巽橋の信号のところのおうち。数年前に亡くなられたが、そう言えばその時からお世話になった。

 
 
皆さんいろんな思い出があるでしょう。

姫路の街、小学生の頃、クリスマスプレゼントを買ってもらいに何度か祖父母に連れて行ってもらったヤマトヤシキが懐かしい。

あの活気に満ちた店内の光景は忘れない。寒い年末、今の三井住友銀行の前側の重いドアを手で開け、店内に入るとムウッとする暖房とそれに乗った香水の匂いが子供の心を昂らせた。

 
古きよき時代っていうんでしょうか。懐かしいです。そして、いろんな人の努力で、より住みやすくなってきたんだと改めて感じ、また気付きました。感謝です。

 
 
 
 
 
 
posted by orangeknight at 17:46
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