社長の日記「つみかさね」

社長の日記「つみかさね」

2013年10月05日

失敗は怖い

最近の若者は、失敗をするくらいならしないほうがマシだと考える人が多い、いや全体としての割合が大きいんではないかと感じますがいかがでしょうか?

僕のまわりだけに多いのかもわかりませんが、失敗とかリスクを極端に恐れているように感じます。

もちろんそうでない方もたくさんおられるでしょうが、おじいさん世代とはあきらかに違うような気がします。

うちの仕事でいえば「クレーム」これはゼロにこしたことはありませんが、僕はクレームにも段階があり初期段階は「お客様の主張」だと考えていますので、クレームがないほうがむしろ不自然であり、必ずあるでしょうし、それにきちんと早い段階で向かい合うのが正しい姿勢だと思います。

失敗を恐れる傾向にある若者はクレームをすごく大きなものと感じ取る。

学生時代に叱られた経験が少なすぎるのか無いのか非常に失敗を恐れる。

お客様からいただくクレームにきちんと取り組みと今まで以上に強固な信頼関係が生まれる事は多々あるのに「しまった〜、どうしよう〜」とへこむ。

失敗をしたり、悪いことをしたらまず心から「すみません」「ごめんなさい」と謝るのが何より先であるはずがそこが欠落し、どうしよう〜と悩む。

ひどい時には問題は先送り、思考停止そして言い訳。

これでは話になりません。

失敗は何かをしていくうえで必ず起こることだと思います。

失敗をしたら責任も発生しますし、叱られもします。

しかし、ただそれだけの事ではないでしょうか。

まさか命まで取られませんし、法外な支払い要求もありません。

そしてハイリスクハイリターンとはよく言ったもので、失敗を恐れるがゆえに行動しているとローリターンしかない、すなわちあらゆることで少しの成果しかあがりません。

成果だけでなく、感動さえも両腕を突き上げ涙するようなものは生まれないでしょう。

成功と失敗が紙一重のものほど勝ったときの喜びと充実は格別であります。

失敗の何が怖いんかな?再度チャレンジしたらよいだけのことにしか思えないんですが安全牌でいこうとする。

昔の人みたいにいざとなれば腹を切る覚悟がないと命はかけれない。そのいざというときに真っ先に自分だけ助かろうという軟弱な気概しかないと大きな仕事はできないと思います。


そして、それと同時に考えたのが、若い人が失敗を恐れるということは僕なら僕が、いざという時に責任をとってもられるという器の大きさを示せていないのと、ちょっとした失敗に対して叱りすぎているから萎縮している面もあるのかなということです。

やはり、自分のまわりに起こる様々な事象は自らの発しているものが影響していると思いますから原因が無いわけはないと思います。


自分に対して思うのが「なんぼでも失敗してこい!思い切ってやれ!責任は俺が全部取ったる!」ということをもっと考え、伝わるよう精進しなければならないということ。

そして、会社やそれ以外の身近な若い人に思うのが「失敗しないとどうしたら成功するのかわからんよ!失敗したらそのときは心から謝る、そしてそこから逃げずにそれを良い方向へ導くことに全力を注いだとき、見えてくるものがありますよ」ということです。


僕は今も昔も失敗だらけ「失敗の数だけ成功はある!」と思っています。若いうちはガンガンいかないといけませんよね。

歳をとると誰しも守りに入るものと聞きますし、こんな僕でも昔よりはそういう傾向にある気もします。


若い人は思い切っていきましょう!



































posted by orangeknight at 16:53

2013年10月03日

気遣いと職人技の秋Reform

明日は姫路本店と姫路別所店エリアの新聞折込みチラシの日です!

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今月は姫路本店と姫路別所店エリアが明日、赤穂店エリアが来週と2回に分けて行います。

祭りがあるためでして、完全に各地の祭りをさけることはできませんが、まずは明日写真のチラシをお届け致します。

今回のテーマは「秋Reform」ということで、一年でもっとも忙しくなるこの季節を訴求しています。
そして、オレンジナイトの考えですが「Reformはモノではなくコトである」ということ、専門店ならではの気遣いと職人技をサービスの重要な部分として感じていただきお選びいただけたらと考えています。

僕らの提供させていただいているサービスはシステムキッチンを買っていただき、梱包してお客様にお持ち帰りいただき終了!というものではありません。

モノの販売ではなく、Reformというお客様にとっての一大イベントに参加させていただく、お手伝いさせていただくということの意味を再度認識して取り組みたいと考えています。
長年、そしてたくさんのおうちを工事していたら忘れてしまう、ボケてしまうこの気持ち、僕も会社のみんなももう一度考え相手の気持ちにたって工事を出来たとき、はじめてお客様は満足していただける。

気遣いができないといけないと思っています。

そこで今回のサブタイトルに気遣いという言葉を、そしてReformは新築と違い職人の腕がとても反映されます。
もともとあるところを壊し、経年変化で数ミリ歪んだところにそれに合わせてピタっと造作しないと汚くみえるんですから。

ですからお客様にはオレンジナイトの職人の技術、職人技も見ていただきたいです。

チラシの写真は一部の大工ですがオレンジナイトの誇りです。

僕は若い会社が成長できているのは、そういった技術もそして気持ちも良い職人がたくさん集まってくれているからだと思っていますし、感謝とともに自慢です。


営業も職人も施工管理も社員みんな、もちろんうちの関係者には気遣いは求めたい。

今でも未熟で僕には分からないことはいっぱいあるんですが、実家を数年前にReformしたときに感じたことを一つ。

昔ながらのつくりで、台所が居間と壁で分かれていたため狭い部屋がいくつかあるような感じでした。

それを壁をぶち抜き、3つの部屋を広い1つのLDKにするなどの工事でした。同時にお風呂や洗面も触りました。

工事初日、養生をしていざ解体。

ガチャンっ!バリバリっ!と数人のうちの大工により取り壊されていく台所や居間。

そのとき今まで感じたことのない気持ちになりました。

小さいときから高校、大学まで毎日弟と横に並んでご飯を食べていたこの部屋はもう無くなるんだなぁと。

母が玉子を焼き、僕と弟が食パンにイチゴジャムをぬって食べ、父が無言で新聞を読みながらコーヒーをすする何気ない朝ご飯。

父が上座、僕が明るい窓際、母と弟が入口側となぜか場所が決まっていた居間。

家での滞在時間は圧倒的にその部屋が多かった。

大工はバリバリめくっているその床には密かに弟とひっかいて絵を書いた後などがありますが、それは僕らにしか分からない事。

狭いお風呂なのに僕と弟と祖母とでよく入れたなと思いますし、父と入っていたときは頭を洗っているとき泡をとばしまくるので子供ごころにイヤでした。

数時間で天井と床はめくられ、2〜3日でお風呂も元の部屋も原型をとどめていない状態になりました。

もちろん新しい、快適な部屋になるので住みやすさは格段にあがると思いますし、あがっていますが、この解体されるときの心境は自分の家の工事においてはじめて知りました。

それまではそんなこと考えもしませんでしたが、それからは解体に立ち会われるお客様の心境を考慮しているつもりです。

「今から解体をはじめさせていただきますね!」と気持ちを理解しようと努めて一言かけるだけで全然違います。

そういったことって僕は非常に大切だと思いますし、知る事ができました。

荷物の移動ひとつからこころをこめてする。

いや、まだまだできていないかもわかりませんが、大切にしていきたい部分でありますしオレンジナイトはこういった部分にこだわってやっていきたいなと思っています。


明日は折込み、網戸一枚から喜んでお伺いいたしますのでどんなことでもお気軽にお問い合わせくださいませ。












posted by orangeknight at 17:13

2013年10月02日

我慢

10月も二日目、絶好調で朝から頑張ります!今日も良いこと呼び起こしましょう!

今日は「我慢」について考えます。

近頃の人は我慢というものを知らない人が多いと僕は感じます。

いろんなことに関して感じますが、我慢するということの意義を考えないのかと感じます。

何か嫌なことがあったら自分のことを棚に上げ自己主張する。また、「しんどい」「やめます」「帰ります」「無理」「合わない」と言う。

我慢や辛抱することによってみえてくる世界は無限です。

そもそも我慢とは広辞苑によると「耐え忍ぶこと、忍耐」とあります。

戦後、アメリカンに憧れ、自由こそが最大の幸せという教育を受けた結果だと思いますが、自由というのは「公」を大切に想ってこそはじめて成り立つ最大の幸せかもわかりませんが、現在の自由は「私」を最も尊重する。

いわば我慢はそれに相対するものとなってしまったんでしょうか、我慢は「公」を慈しむ言葉だと僕は考えます。

生きていくなかで自らの主張が通らないことなんて頻繁にありますし、何でもかんでも主張することは立場をわきまえて振る舞わなければいけません。

この「わきまえる」という所作もそうですが、道徳の教育の欠如がもたらした罪は非常に大きいと感じます。


例えば仕事において、僕にも経験がありますが、新しく働き始めたお店や会社、工場で最初っからストレスなくのびのび働けるはずがありません。

最初は仕事をしに行っているんではなく、教わりに行っているんですから言われたことには素直に「はい」と返事をしてそのまま飲み込む。

多少叱られても「一人前になるためや」とそこで最初の我慢が生まれるんではないでしょうか。

辛いなぁと感じることなど僕は誰しも必ずあると思いますし、僕も昔「行きたくないな〜」「このまま辞めてしまったら楽かな〜」などと考えたことがあるので気持ちはわかります。

しかし、そこが我慢のしどころですよね。

「石の上にも三年」とはよく言ったもので、我慢と辛抱をくりかえせば必ずみえてくる世界があると思います。

新しい仕事を始めたとき、それは我慢を覚えに行っているとある本で読みました。

全くその通りだと感じましたし、成功というものは我慢と辛抱を乗り越えた人のみが体現できるものなのではないかと僕は考え、そういったものから一切逃げないようにしています。

また、最近考えるのに、その我慢と辛抱にも量や大きさがあり、それの少ない小さな職場から環境から、多い大きなそれまでさまざまだと思いますが、その乗り越えたときのいわば見返りは見事に比例していると思います。

職人の見習いは親方から厳しく教わります。

料理の世界でもそうでしょう。毎日毎日洗い物だけして、掃除だけして日々耐えたものが一人前になる。


自分の主張ばかりしていては物事は進展しませんし、良い方向へは向きません。

時には譲ることも大切ですし、お互いが我慢の気持ちを持てば本当に気持ちのよい、住みやすい世界になります。

仕事においては、今日ではなく一年後の自分を創るために今日がある、我慢と辛抱を覚えた人に未来はある。

そういうふうに僕は思います。


我慢や辛抱、辛いことを乗り切った人はたくさんいますが、そんな人は本当の優しさをもっている方が多いような気もします。






posted by orangeknight at 09:25
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