社長の日記「つみかさね」

社長の日記「つみかさね」

2015年07月08日

なぜか浅丘ルリ子が懐かしい

今月の日経の私の履歴書はおもしろいです。

浅丘ルリ子さんです。

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私は名前くらいしか知りませんでしたが、毎日読んでいくにつれ何かすごく引き付けられるおもしろさがあり、また見た事もないんですが、昔の日活の映画の映像が懐かしく感じます。観た事はないのになぜでしょう。

こんなに大スターだったなんて知りませんでしたし、今もそうですがめちゃくちゃきれいな方だったんですね。

今のタレントさんの中でもトップくらい軽くいくんではと思います。

お腹が出た貫禄のある「き〜たぐ〜に〜の〜♪」の小林旭さんや、西部警察で薄っすらみた石原裕次郎さんしか知らない私にはとても新鮮ですし、石坂浩二さんと結婚していたなんて初耳です。

私、俳優の中で昔っから津川雅彦さんが一番好きなんですが、そんな名前や有名スターが目白押しです。


なんで、何も知らないのにこんなに懐かしく感じるのかわかりませんが、でももっともっと今の70歳代前後は昔を思い出されているんだろうなぁと思います。

これがあの浅丘ルリ子なんですねぇ。
posted by orangeknight at 18:10

2015年07月08日

ハンズフリーで会話しつかまる

スマホを手に持ってお腹の前にし、会話していたら警察につかまりました。悲

皆さんご存知ですか、ハンズフリーでしゃべっていてもスマホを手に持っていたらいけないらしいです。

警察官がバイクで血相を変えて追いかけてくるので、スマホで会話しながら窓越しに「僕?僕?」と自分を指差すと「うん、うん」とうなづくので停車しました。

聞くと「運転手さん、ハンズフリーなのはわかりますが、私が横に並んでも堂々と電話されたら困りますわ!」と言うので「えっ、ハンズフリーはオッケーじゃないんですか?」から始まりました。

意見討論すること約45分。日本人ですから日本の法律は守りますがなかなか腑に落ちません。

なぜスマホを手に持って太ももの上に置いて会話したらつかまるが、太もものや股の間に置いてハンズフリーで会話していたらつかまらないのかが理解できない。

ダッシュボードの上に置いていたらオッケーで、画面を見ようが触ろうがかまわないが、とにかく手に持ったらダメという。

極め付けは私が「アップルウオッチで会話していたらオッケーなんですか?」と聞くと「次から次に新商品が出てくるので対応ができていない。今のところはオッケーでしょう!」と言う。

では、スマホを腕にくくっていたらオッケーではないかと考えてしまう私はおかしいのでしょうか。

まぁ、せっかく点数と罰金を払うのですから、どなたかでも「知らんかった」とおっしゃる方がいれば役に立つと思い書きました。


オチですが、意見交換中こちらも少々カッカし「免許くらい出しますよ!」と言ってカバンを取ろうとすると見当たりません。商談用のカバンのみを持って、免許や財布が入っているカバンごと会社に忘れていました。免許も不携帯で、もう笑ってしまいました。

皆さん、運転中は手のひらにスマホを入れずに会話しましょう。もちろんルールうんぬんもそうですが、安全だけは気をつけたいと思います。

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posted by orangeknight at 16:11

2015年07月06日

今回のチラシのエピソード

今月のチラシは2パターンでお届けさせていただきました。

一つはオレンジナイト姫路別所店リニューアルOPENバージョン。

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もう一つは大工の親方を紹介したバージョンです。

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エリアによって区別させていただいたんですが、その分制作時間もかかりました。


そして、私にとって今回のチラシは忘れられないものとなりました。

私の父が亡くなってもう1週間以上が経ちました。

姫路別所店のリニューアルOPENイベントの初日が先週の金曜日、チラシが完成したのが先々週の土曜日の早朝でした。

父が亡くなって約5時間後でした。

土曜日の朝、私は朝の4時くらいに出社してチラシを完成させる予定でした。締め切りがその日の9時だったからです。

しかし、その前の2時代に母から父が危ないからすぐに病院に来なさいと電話があったのです。

父が他界したのが2時40分。

その後、病院から家族みんなで父を連れて実家に帰りました。5時くらいだったと思います。


和室に父を安置し、そんな中、実家のリビングで仕上げたチラシなんです。

病院に駆けつけるとき、私は家を出て、会社に寄り、資料と下書き一式を持って病院に行った。

焦る気持ちもありましたが、チラシが間に合わなかったら大変なことになるという想いがどこか私をクールに動かした。父は私が駆けつけると待っててくれたように息を引き取ったんですが、会社に寄らなければ5分は早く着いていたと思います。

病院で待機することを想定したら、先にそれを取りにいかないと戻れない気がしたからです。

でも、待機も何も結果として父は息を引き取ったのです。

実の父が亡くなってその直後に横でチラシを作るのもなんとも言えない感情でしたが、間に合わなかったなんてことを私が父の立場なら、息子にはプロとしてきちんとやれ、と考えるでしょうから私はそうしました。

だから、今回のチラシをみると胸がいっぱいになります。

そんなことを一切感じさせないチラシ。当たり前ですし、感じてもらっても困り、またそこが狙いでもないですし、いつも通りのチラシなんですが、この文字を書くとき、この言葉を挿入するときこんな想いだったなぁというのが今回は非常に多くあるあるチラシです。

土曜日は出社し、朝一で広告代理店の担当者と会社で打合せをし、なんとか押し込み、その後の最終の校正の打合せは葬儀場でしました。

お通夜の前にパソコンにデータを送ってもらいチェックし、手直し。

葬儀のはじまる前には葬儀場にチラシをもってきてもらい最後の打合せをしました。

親族一同が昼ごはんをとっている机の横で、私と広告代理店の担当、内藤氏があーでもない、こうでもないと話をしていました。

ちなみに、この内藤氏とその広告代理店の社長はその後、喪服に着替えて葬儀に参列くださいました。わざわざ帰って着替えてからまた来てくださりありがたかったです。


チラシに最終のGOを出させてもらったのが葬儀が終わってからでした。そして、次の日に印刷に入ったんです。

チラシが刷り上がり、ポスティング用が入荷したのが先週の月曜日の午後でした。

なかなか伝わりにくいんですが、間一髪の仕上がりだったんです。


今、家に持って帰ってきている2パターンのチラシをまじまじと見ています。

言わないと絶対にわからないエピソードなんですが、そんな事があり、そんなふうに仕上げた今回のチラシの話でした。













posted by orangeknight at 22:22
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