以前から自分の目で直に、地震の被害の様子を見てみたいと思っていました。
気候はシャツ1枚で暑いくらいの快晴でしたが、被害の凄さ、またその復興の遅さ、そして人の少なさに唖然としたのが正直なところであります。

能登地震という通り、半島に入ってからです、地震の爪痕を感じたのは。
金沢市内から北に50kmも上がると、もうそこら一帯は少し前に惨劇があったことがはっきりとわかるような状態でありました。
道路はボコボコ、そこまで凹むのかというくらいの場所もありました。


運転していましたので山肌の写真は撮れませんでしたが、崖崩れはあちこちで起き、集落の家いえにはブルーシートが覆い被さっていました。
まずは被害が最も深刻であると聞く輪島市に行ってみようと思い、さらに北上しました。
最初の私の写真の海のところです。
山あいから抜けると徐々に集落が多くなり、街になっていくのですが、惨状と、地震が起きてから10ヶ月以上が経過するのにまだこの状態なのかということに驚きました。











どこもかしこもこのような感じで崩れているんです。崩れていなくても傾いて、壊れて、裂けて。
そして、そのまま、時が止まったような状態で置かれていました。
輪島と言えば輪島塗り。
おそらくここらは観光客が土産物を買うんだろうなと想像できる街並みのところもぐしゃぐしゃで、道を歩く人も誰もいませんし、当然お店の方ももぬけのからでした。

道路ってこんなに凹んだり、盛り上がったりするんですね。



区画を定めて解体もしていましたし、私がみたその瞬間だけのことかもしれません。
しかし、圧倒的に人の動員数、重機、お金が入れられていない感じがしました。
ダンプが行き交っているのかなと想像していましたが、とにかく人がいないのです。
天候が青空なので感じにくいですが、曇りで、もう少し寒くなれば廃墟を感じると思います。

これが都会なら。
東京の五輪や、大阪の梅田駅周辺の再開発など、もっともっとたくさんのクレーンが並んでいましたし、工事に携わる方々がいたんではないでしょうか。
復興って速度が重要だと思うんです。
みんなそれぞれにリミットがあるはず。
それにできる限り間に合わせてあげるようなスピードが。
耐えている人たちがいると思います。
また、ここに使ってほしいです。お金を。ここにたくさんの札束をバシャバシャと入れてあげずにどこに使うんですかと感じました。
お金ってそういうものだし、それが政治でしょう。
あちこちに衆院選のポスターが貼られていましたが、候補者はガッツポーズして写っている場合ではありません。
有事にいかに人とお金を集められるか、これが政治家の力でしょう。
こんなときにあらゆることを強引にしてあげるんですよ。権力を持っている人は。
一個人として、何か買い物をしてとも思いましたが、輪島市では今やリアルで土産物など買えません。
穴水町や七尾市にも行きましたが、とにかく人がいなく、また店の多くが閉まっており、これではますます人は来ない。そして悪循環を生むと感じました。

何か出来ることをしないといけないと感じました。
このままでは田舎である能登は取り残されてしまいます。
たった1つすぐに出来ることだとを感じたのは、金沢で能登のものを買うことでした。
金沢は地震の被害は全く無かったですし、たくさんの人がいました。
姫路よりたくさん、そして神戸より少ないかなというくらいの数の人が駅周辺にいました。


何か自分に出来ることを考え、行動すること、そして決して忘れ去らないことが大切であると感じたのでありました。
他人事ではなく、同じように明日我が身に降る災いかもしれません。
そんなとき、何をされたら助かるかな。嬉しいかな。気分を、気持ちを高められるかな。