私はこの記事を何回も読みました。そして、約24時間、知事の資質って何なんだろうと考えました。
「知事の資質」

広辞苑、第六版によりますと「資質」とは「うまれつきの性質や才能。資性。天性。」と記載されています。
生まれたときからあるもの。それを本来は資質というらしい。

私を含めた一般の見解として、資質とは「向いている、向いていない」これを「漠然とイメージしたもの」ではないかと思います。
主にテレビ画面を通じて観る知事。それに加えて今回立候補されている複数名の方々。
資質など分かるのでしょうか。
また、本来の意味、生まれたときからあるものであるならば、それは民主主義とは乖離するものではありますし、その1つである家柄や育ちが知事にとって必要なものなのでしょうか。
争点が資質とは疑問であります。
私は思います。まず、新規で政治家を選ぶ際、最も重要視すべきものはビジョンではないかと。
その人が、この先をどういうふうにしたいと思っているのか。
理想や想い。それを熱く想い、語ってくれたとき、それが響くかどうか。
そして、2期目や3期目の政治家を選ぶとき、そのビジョンに加え、結果ではないでしょうか。
もちろん人柄は必要です。でも何より優先すべきは結果であり、前の任期中に何をやってきたか。
一所懸命とか、頑張っているではなく、結果。実績。
国会議員でも県会議員でもいるではないですか、いつも人前ではニコニコしており、挨拶をしたらにこやかに対応してくれる人。
これを我々庶民は「良い人」と表現する。
良い人だからと応援する。
良い人。何が良い人か。当たり障りのないにこやかな人。ただ人あたりが良いだけではないか。
本来、我々有権者は、もっとその政治家がこれまで何をしてきたか。どういう実績を残してきたかを調べないといけない。
最も、そんないわゆる良い人な政治家も、最初は志を高く持って為政者の道を目指したのかもしれない。
しかし、多くのしがらみ、力を目の当たりにし、いつしか熱いものが薄れ、是々非々を良しとし、それを職業としているのかもしれない。
周囲からは先生、先生と呼ばれるのも悪くないだろう。
前の井戸知事がやってきたこと。そして、斎藤知事がやってきたこと。これらを有権者はもっと調べましょう。私も調べます。
情報元がしっかりしたところからのものでも、ネットでもたくさん出ています。
商売でしている政治家と、熱い想いで、未来のために、子どもたちのために、よりよい国や県を残してあげないととやっている政治家を見極めないと、とどのつまり我々に、我々の子孫に、より温かい将来はプレゼントしてあげられない。
たった一票ではありますが、国民や県民の一票って軽くないです。
兵庫県人はいま、斎藤知事を潰したら大きな禍根を残します。
今までと同じではいけない。変わらないと。
資質ではなく、ビジョンと実績。良い人とか、感じが良いとかではない。
言い換えたら、この先何期も斎藤知事が県政を担い、そこで権力を持ち、堕落していったなら、我々県民はバッサリ切れば良いのだ。
実績を残さなくなった政治家に用はないと。
歴史が証明するように、ほとんどの人間は権力を持つと変わる。斎藤知事もそうなるかもしれない。
しかし、あれだけのマスコミに叩かれても辞めないという人はなかなかいません。なので、ほとんどの人間とも違うのかなと思ってしまうところも私には正直あります。
まして、今の斎藤知事にはそれは微塵も感じられないのだから、やりきってもらえばいいのです。
最後に、前述の神戸新聞の冒頭に「斎藤氏は〜不満を口にした」と記載があります。
違うと思う。「本当に知事が職を辞すべきことなのかという思いが根底にある」という知事の言葉は、不満ではなく、ずっとずっと考えてきたのだけど分からない疑問なのだろう。素直な、素朴な疑問であります。
おそらくやりきってこられたという想いがある。
一定の結果も出しているのにとも思われているだろう。
ただ、斎藤知事はマスコミの批判をされたことがあるだろうか。
伝えないといけないことを、きちんと伝えてこれなかったことは自分に非があると、自責の念もしっかり持たれている。
頭を一度打った人はより一層強くなります。そして、より人の痛みが分かる人になります。成長します。
人知れず、悔しくて涙して、その上で呑み込んだ想いは、大きな大きな成長の元になります。
そんなパワーアップした人に頑張ってもらわないともったいないです。
さいとう元知事がんばれ と心から思っております。
朝から書いていたら熱くなって長くなりました。早く仕事しないと。私も今日もやりきります。