人は「何か」を「誰か」とするとき、その「何か」に合わせて「誰か」を選択します。
私は毎日のようにお客様から仕事の依頼をいただき、毎月何件もお客様から知人やご家族のリフォーム工事の紹介をいただく。
切れたことがもう何年もない。
これはもちろん私だけの力ではありませんが、私は「リフォーム」をお客様がされるとき「魚住に頼もう」「魚住に言ってやろう」「あの子が喜ぶから紹介してあげよう」という選択肢に入る、それも単独で入るための努力をしている。
また、どのようにしたらその「誰か」をお客様がイメージされたときに、真っ先に思い浮かぶかを意識して「生きている」。
そこだけに集中し生きていると、当然ながら犠牲にするものもあるし、失うものもある。それは当たり前の話である。
しかし、その失くすものと同じくらい大きな得るものが入る。人生あらゆることが天秤でつり合うようになっている。
どうしたらお客様がリフォームをされるとき指名してくださるのか。
それはスピーディーな対応と約束を守ることに始まり、お客様に絶対に恥をかかせないということに集約される。
そして逆の立場ならどうしてほしいのかをずっと考えている。
休みだから連絡がとれないなんてことはない。
そこはお客様に選んでいただけなくなる大きな分水嶺ではないかと考えている。
現にいつも連絡がとれる取引先に私は仕事を頼んでいるから。
リフォームをするときに選んでいただける人間になるためには、それ以外のことで選んでもらわなくてもいい。
残念だが、捨てる領域が発生する。それはキャパシティの問題であり、人格者であれということではない。
人間性は必要であるが、リフォームの仕事を依頼いただく魚住が、別のAさんより全ての面で優れているはずがない。
一緒に酒を飲むならAさん。結婚するならAさん。ゴルフをするならAさんとなってもいいし、そういうものである。
人は「何か」を「誰か」とするとき、その「何か」に合わせて「誰か」を選ぶ。
選んでいただくためには、その人との今を大切にすることだと考える。
posted by orangeknight at 08:00