ちなみにパワハラの認定定義は、その場にいる「ほとんど」の人がそれはパワハラであろうと感じることです。「当人のみ」の感覚が決定するセクハラとはまた違う。
大手の広告代理店の報道においてのことですが、果たして問題がすり替えられていないかとすごく感じます。
亡くなられた元社員の方、またそのご家族の方々においては心労もちろん察します。その立場になればすごい苦しみを感じるでと思う。心から理解いたします。ご冥福をお祈りいたします。
しかし、今回の報道はおかしい。
その広告代理店ばかり責められていますが、そんなのどこでも同じでしょう。
中小は守られていないが、大手が法定の労働時間を守っているというのは公然の偽りの情報で、一部のベンチャー的な企業を除き、大手ほどガツンと仕事をしています。
これは事実です。
そんなに世の中甘くありませんし、大手がそれだけ働いているのに、中小が法定労働時間を完全に守っているはずがない。倒産します。
政治家は今、この問題を取り上げることで功名を売ろうとしているだけに見える。
もちろん法は守らなければいけませんが、政治家は実態をどのくらい理解しているのか。
こんなことを労働基準監督署は百も承知ですし、社労士はみんな同じように思っています。
必ず働き方改革は尻すぼみで終わります。それならば、もっと本当の改革が必要ですし、それなら進んでしたい。しかし、今の形だけの政策は意味あるのでしょうか。
間違った仕事のさせ方はいけない。こんなこと当たり前です。
しかし、働くこと自体が悪いみたいに報道することはやめていただきたい。
長い時間、休まず働くことはいけないことか。
そうしたい人もたくさんいます。少なくとも私は休みの日と仕事の日は仕事の日の方が大好きですし、休みの日は良い仕事をするために必要な休日、という完全なる認識のもとに生きています。
休日明けに体調崩していたりするのは自分でも2年前にありましたが最低最悪、恥かしかった。
素敵な休日、自由な休みが一番で、働くことはそのためにものだというような感覚、働くことは正義ではないというような文化にだけはなってはいけないととても危惧します。
休みの日のために仕事をしていると感じさせられてしまうとそれは労働者、ワーカー、あえて言いますが奴隷でしょう。
戦後のあの状態から今のこの日本があるのはその時代に一所懸命に働いてくれたお父さんお母さん世代、おじいちゃんおばあちゃん世代がいたからです。それがなかったら我々は今の裕福な生活を享受できていません。
我々の子や孫の世代にそれを引き継ぐのは我々世代の責務で、それを食いつぶしてしまっては、まるでお金持ちの家に生まれた仕事をしないボンボンと同じです。
今日の神戸新聞の記事です。

こう思って働いている人もたくさんいるんです。
仕事は気力が充実していればしんどいとは感じないものですし、夢を持てるものですし、自分自身を成長させてくれるものですし、世の中の役に立てるものなんです。
仕事ってそうなんですよ。
いっぱい、バリバリ働かないと世界から取り残されてしまいます。
自分自身も成長できません。
また戦後みたいに間違った教育を受けてしまってはいけない。
だいたい、この世で一番くらい働いているマスコミは何を狙っているのでしょう。