父が亡くなり早いものでもう1ヶ月以上、そんなに経ったんだなと思います。
親戚一同が集まりました。こんな機会でしかここまでのメンバーは集まらないので、こんな時間を作ってくれた父に感謝です。
弟の子供も、赤ちゃんなんですがどんどん大きくなり、亡くなり行く者と生まれてくる者、この家、この部屋にいた者と、この家、この部屋に新しくいることになる者の移り変わりを感じます。
父が乗っていた車がまだ実家にありましたので、母にちょうだいと言いもらって帰ってきました。
普通のワゴンRです。
なんでこの車を父が買ったのか最後まで疑問ですが、父が乗っていた車なので、売りたくないのでもらってきました。
父と最後にした会話は車の話でした。
3年半前に、明日咽頭を全摘出するから今日で声が出せなくなりますよという日、かすれた声で入院していた製鉄記念病院の個室で車の話をしました。
若い時は車が好きだった。スピードを出すのが好きだった。そんなたわいもない話、でも私はその時初めて父が車が好きだったのかと知りました。
無口な父でしたし、私もあまり父にしゃべっていった事はなかった。
そんな会話ですら新鮮で、19歳から車に全財産つぎ込んでいた私の事をどう思っていたんだろうと思いました。
小さい時、父の車に乗るのが嫌だった。酔うから。
タバコの臭いがすごいから、乗った瞬間クラクラするんです。よく窓を開けて乗っていたなぁ。
父は車を長いサイクルで乗っていた。
私は今まで車検を受けたことが一度しかないんですが、父はいつも大切に乗っていた。
クレスタを売り、新車でまた新しい型のクレスタを買ってきたときはまた同じ車!って思った。
新車を買ってからというもの、車庫もカーポートも我が家にはなかったので、父は帰ってきてからしばらくの間車にカバーをかけていた。
よく手伝わされた。
ひと言「ちょっともってか」しか言わなかった父、そのとき私は心の中でめんどくさいなぁとしか思わず、思春期も手伝いふてくされて父のクレスタにカバーをかけるのを一緒にしていました。
公務員でしたので車も年齢と共にランクがあがるのが普通、次はクラウンだろうなと高校生ながらに思っていたときに買ってきたのがプリウスでした。
なんで〜!と思ったが理由が聞けなかった。でも子供心にクラウンに乗ってほしかったと感じたことは今でも鮮明に覚えています。
そんなことがあり、癌の手術一日前に聞いた最後の父の声、そして「車が好きやった」という話。
今日もらったワゴンRはこのお盆に私が自分でピッカピカに仕上げようと思います。
そして父は、母曰くオレンジナイトの自社ビルショールームを楽しみにしていたらしい。
だからこそこのワゴンRはオレンジナイトの車にし、これからのオレンジナイトを一緒にみてもらおうと思います。
絶対に天国から見守ってくれるでしょうし、力もかしてくれると思います。