69年前の今日、日本は大東亜戦争に敗れました。
無謀な戦争だったんでしょう、軍部による開戦への積極的な動きも確かにあったんでしょうが、それは時代の、そして世界の大きな流れの中で、もはや避けては通れない道だったのだと、決して戦争を肯定するわけではないですが私はそう理解しています。
六月に社員旅行で鹿児島に行かせていただき、その際に知覧の特攻平和記念館を訪れたので尚一層当時の状況、先人たちの想いについて考えます。
今日の海です。
この海を見ながらいろいろ思います。
当時、勝ち目の無い戦争を感じても、尚自らの一撃で国の役に立ちたいと心から望んだ価値観。
特攻として行く彼らはその使命を男子の本懐と、また送り出す母は我が子に誇りを「一所懸命に思おう、感じよう」としたんではないか。
何も考えずに命を粗末にするわけがなく、みんな生きたかったでしょうし、お腹を痛めて生んだ我が子を愛おしくないはずがなく、そういう想いを全て封じて、公のためを第一に考え行動してくれたのだと思います。
先の大戦で300万人以上が戦死しました。
今の姫路市の人口は50万人です。赤穂市から明石市くらいまで人っ子一人いなくなるくらいのすごい数です。
航空機でこの海に落ちていく時怖かっただろうな。
戦艦や空母が傾き、荒れ狂う大波の中、それも夜だと光一つない暗闇の中波にのまれる恐怖はいかほどのものか。
ある本には、血の臭いを嗅ぎ付けてサメに襲われ最後をむかえる者は非常に多数に及んだともありました。
陸の上もそうですがこの海の中で日本のために命を落としてくれた先人には心から感謝しなければなりません。
今の日本は「自分一人くらいが何かをしても世の中は変わらない」という価値観をもつ人が増えました。
それは大きく戦後の教育によるものでしょうが、当時の人々は自分の命を引き換えにしても守らなければならないと思っていたものの中に公がありました。
私(し)よりも公を先ずとしていた価値観、この集合体が良い国を作るのではないでしょうか。
私や一人一人の力は微々たるものです。
しかし、今の平和を享受させていただいている今の人間として、自分一人が何か正しい動きを繰り返すことが責務ではないでしょうか。
諦めて何でも人のせいにするような価値観は愚の骨頂、ただ、道に落ちているタバコの吸い殻を一本拾うだけでこの国を良くするのではないでしょうか。
今の平和は先人の多くの命や犠牲と引き換えにいただいているものであります。
その事を忘れず、私も自分より後の世代に何か良いものを全力で残したいなと思います。それが恩返しだと思います。
ずっと平和が続くよう努力しないといけませんね。